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ノーベル賞・山中伸弥先生とスピルバーグと安井算哲の共通点<逆境を超えて・PART2> 

山中伸弥先生、ノーベル医学生理学賞の受賞おめでとうございました。

山中先生に関する記事を読んでいて、ふと連想した人が二人います。

それはこれまでのブログでご紹介した映画監督のスピルバーグ(10/5のブログをご参照下さい)と、日本で初めて暦を作り上げた安井算哲です(9/10のブログ9/30のブログもあわせてご参照下さい)。

<一人目:スピルバーグ>

山中先生自ら述べておられるご自身のエピソードとして、研修医になりたての頃手術が下手で口の悪い先輩からは、邪魔ばかりで役立たずの「ジャマナカ」と呼ばれたそうです。

その後研究者として転身され、iPS細胞の研究に進まれ現在に至っておられますが、その過程は紆余曲折であった様です。

まさに逆境を超えてノーベル賞という大輪の花を咲かされました。

前述のブログでご紹介したスピルバーグも、学習障害の逆境を乗り越えて偉大な映画監督になりました。

逆境を乗り越えた人はその先に素晴らしい夢が待っている、私にはそう感じられました

<二人目:安井算哲>

受賞された山中先生を見て私が連想したもう一人は、前述の安井算哲です。

彼が日本初の暦を作り遂げるには、水戸黄門こと水戸光圀始めたくさんの人の支えや応援なしでは数々の困難や挫折を乗り越えることができませんでした。

映画を見て感じたのは、やはり算哲の人間としての魅力です。改暦という偉業を成し遂げるには算術面はもちろん政治面(当時、暦は朝廷が実権を握っていた)においてもクリアしなければいけない高いハードルがあり、算哲の人間性無しには不可能であったといっても過言ではありませんでした。

山中先生が1999年に奈良先端科学技術大学院大の助教授に応募された時の選考委員である安田国雄・前学長のコメントに私は注目しております。

それは山中先生を選ばれた理由として、「先生の人柄とやる気がベストであった」ということでした。

偉業を成し遂げるには、回りが協力したくなる人間性の高さも時として必要になるということを感じました。

それから山中先生の研究室にて右腕としてiPS細胞を一緒に作り上げた、現京都大学講師である高橋和利さんは、「僕は落ちこぼれだった。先生のそばにいなければ、人生がこんなにエキサイティングになることはなかった」とコメントされています。

たとえ落ちこぼれと言われても、努力する人には必ずチャンスがやってくる。私にはそのように思えました。




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